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大阪地方裁判所 昭和35年(ワ)701号 判決

原告 破産者平和アルミニウム工業株式会社 破産管財人 大沢憲之進

被告 中央化学工業株式会社

主文

一、被告は原告に対し、金二、八六一、四〇四円也及びこれに対する昭和三五年二月二六日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、被告は原告に対し、別紙目録〈省略〉記載一の各不動産に対する同目録記載二の(一)の所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

三、本件訴のうち、代物弁済の無効確認を求める訴部分を却下する。

四、訴訟費用は被告の負担とする。

五、この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

原告は、主文第一、二項と第四項同旨及び被告を取得者とし訴外平和アルミニウム工業株式会社を譲渡人として昭和三四年八月三一日別紙目録記載一の各不動産につき行われた代物弁済は無効であることを確認する。旨の判決並びに主文第一、第四項につき仮執行の宣言を求めなお、予備的に、被告は原告に対し主文第二項掲記の所有権移転登記に対する否認の登記手続をせよ。

との判決を求め、

その請求原因として、

一、訴外平和アルミニウム工業株式会社(以下破産会社と称する)は、資金欠亡のため昭和三四年二月二八日手形の不渡を発表、一般に支払を停止したので、同年三月五日以降再三債権者会議を開いたが、一部債権者から同年四月二八日破産申立を受け、次で同年一〇月一四日午前一〇時破産宣告を受けた。原告は、その破産管財人に選任されたものである。

二、被告は、破産会社の最大の大口債権者であり、債権額も金七、一二六、一五一円に及ぶところから、かねて破産会社の資産状態を知悉していたため、破産会社と通謀し、他の一般債権者よりも優先して債権を取立てるべく、

(一)  前記手形不渡発表の前日である同年二月二七日破産会社から同会社の権利に属する電話加入権(天王寺電話局、九七局五二八八番)を無償で譲受けたところ、これが破産法第七二条第五号の無償行為に該当することは言うまでない。ところで被告は、その後、右加入権を他に譲渡しているので、原告は、本訴をもつて右加入権の譲渡を否認した上、被告に対し、右加入権の時価相当額である金一三三、〇〇〇円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和三五年二月二六日以降完済まで年五分の割合の損害金の支払を求める。

(二)  更に被告は、かねて破産会社が三菱銀行今里支店(三菱銀行と呼ぶ)に預金を有することを知つていたため、破産申立後である同年五月一六日頃破産会社をして、同銀行から右預金の払戻しを受けさせた上、その全部金二、七二八、四〇四円を一部弁済金として支払を受けた。この一部弁済が破産法第七二条第二号の債務消滅行為に該当することも勿論である。それで原告は本訴をもつて右弁済行為を否認した上、被告に対し、右弁済金二、七二八、四〇四円及びこれに対する前同様遅延損害金の支払を求める。

三、また破産会社は、その所有の別紙目録記載一の各不動産について、

訴外株式会社近畿相互銀行(以下訴外相互銀行と称する)を権利者とし、給付金債務、手形借入割引債務等のため三回に亘り工場抵当法による根抵当権(極度額各五〇万円宛)を設定し、かつ、その都度別紙目録記載二の(二)のとおり代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権保全の各仮登記を為していた。

ところが被告は昭和三四年四月二三日訴外相互銀行より債権と共に右各根抵当権及び各代物弁済予約上の権利を譲受けたと称し、同年五月九日に至り、それぞれその旨の移転登記を了した上、同年八月三〇日破産会社に宛て、右相互銀行より譲り受けたと言う被担保債権合計金一、五八九、一七一円の債務不履行を理由に代物弁済予約を完結する旨の意思表示を為し、次で同年九月二日に至りこれを登記原因として別紙目録二の(一)の所有権移転登記(同目録二の(二)の1の仮登記に応ずる本登記)を完了した。

しかし、右本登記の原因たる昭和三四年八月三〇日の代物弁済は、次の理由によつて無効である。

(一)  被告は、訴外相互銀行から前記被担保債権の譲渡を受けたことがなく、これを代位弁済したものであるから、それと同額の求償債権(被担保債権ではない)を取得したにすぎず、代物弁済予約上の権利を行使することは許されない。それで前記予約完結の意思表示は無効である。

(二)  仮に、被告が訴外相互銀行から何らかの金銭債権を譲受けたとしても、これについては何ら対抗要件を具備していないし、またこの譲受債権は、訴外相互銀行と破産会社の間の与信契約より発生した個別債権にすぎず、継続的取引の終了清算の結果たる確定債権ではない。すなわち、破産会社と訴外相互銀行間の与信契約にもとずく取引はなお清算未了であり債権確定手続が為されていないからこの点からも前記予約完結の意思表示は無効である。

よつて原告は、前記代物弁済が無効である旨の確認を求めると共に、前記不動産に対する別紙目録二の(一)の登記につき、その抹消登記手続を求める。

四、仮に、前項の主張が容れられず、前示代物弁済が一応適法であるとしても、右代物弁済は、破産申立後である昭和三四年八月三〇日破産会社の協力のもとに行われたもので、破産法第七二条第二号の債務消滅行為に該当する。

それで原告は、本訴をもつてこれを否認した上、同目録二の(一)の登記につき、その否認登記手続を求める。

と述べた。〈立証省略〉

被告訴訟代理人は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、

原告主張の請求原因一の事実、請求原因二の事実中、被告の債権額が原告主張のとおりであり、また、原告主張の電話加入権をその主張の日に譲受けた上、その後これを他に譲渡した事実、請求原因三の事実中、破産会社がその所有にかゝる別紙目録記載一の各不動産につき、三回に亘つて根抵当権を相互銀行のため設定し、かつ、その都度同目録二の(二)の1ないし3のとおり仮登記をした事実、及び被告が訴外相互銀行から原告主張の日に右各権利を譲受けたとしてその旨の移転登記を受け、次で原告主張どおり代物弁済予約完結の意思表示をした上、原告主張の同目録二の(一)の登記を受けた事実はそれぞれ認める。爾余の原告主張事実は争う。被告は本件不動産につき別除権を有するものである。と述べた。〈立証省略〉

理由

一、原告の主張事実中、

(一)  破産者平和アルミニウム工業株式会社が、資金欠亡を来し昭和三四年二月二八日手形不渡を発表、一般に支払を停止したので、同年三月五日以降再三債権者会議を開いたが、協議がまとまらず、一部債権者から同年四月二八日破産申立を受け、同年一〇月一四日に至り破産宣告を受けたところ、原告がその破産管財人に選任されたこと、

(二)  右支払停止当時、被告が破産会社に対し金七〇〇万円以上の債権を有したところ、支払停止の前日に、原告主張にかゝる電話加入権が破産会社から被告に譲渡され、その後、被告がこれを他に譲渡したこと、

はいずれも当事者間に争いがない。

そして証人川島楠治、証人瀬尾和夫の各証言並びに弁論の全趣旨によると、破産会社は、同年二月二〇日頃極度に資産状態が悪化したゝめ、大口債権者である被告会社及び訴外株式会社大阪アルミニウム製作所に対し融資を求めたが、両社とも担保の提供を要求したゝめ話ができず、遂に前示のとおり支払を停止したこと、及び破産会社が被告のため他の債権者に比し著しく有利な取扱をした関係もあり債権者会議による内整理ができず、前示破産宣告を受けるに至つたことが認定できる。

二、それで、原告主張の前示電話加入権譲渡に対する否認について按ずるに、これが無償譲渡であることは前掲瀬尾証人の証言と弁論の全趣旨により認定できないこともないから、これを破産法第七二条第五号の無償譲渡となし、成立に争いのない甲第三号証によつて認める同加入権の時価相当金一三三、〇〇〇円、及びこれに対する本訴状送達の翌日であること記録上明かな昭和三五年二月二六日以降完済まで、民法所定遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求部分は正当である。

三、次に、原告主張の弁済否認について検討する。前掲瀬尾証人の証言により成立を認める乙第一、第五号証、同証言、証人天勝寛一、証人川島楠治の各証言並びに弁論の全趣旨を総合すると、破産会社は、同年二月二三日頃その有する定期預金を担保として提供するよう被告から要求されたゝめ、前示支払停止の日である同月二八日被告に対し、定期預金債権(三菱銀行今里支店に対するもの)五、二一四、〇〇〇円を譲渡したが、破産会社が当時三菱銀行から債務を負担していた関係もあり、同銀行においてこれに異議を述べたため、結局、右譲渡をとりやめた上、破産会社において同年五月一六日頃右定期預金契約を解約し、三菱銀行に対する債務を支払つた残金二、七二八、四〇四円の払戻しを受けた上、もとより支払停止の事実を熟知していた被告の債権に対する一部弁済として直ちに同金員を支払つたことが認定できる。この認定に反する証拠はない。従つて、前示一部弁済は、支払停止後における破産者の債務消滅行為として破産法第七二条第二号に該当するから、これを否認した上、被告に対し金二、七二八、四〇四円及びこれに対する前同様の遅延損害金の支払を求める本訴請求部分もまた正当である。

四、次に、原告主張にかゝる代物弁済の無効について検討する。

(一)  破産会社がその所有にかゝる別紙目録記載一の各不動産につき、原告主張どおり訴外相互銀行を権利者として三回に亘り工場抵当法による根抵当権を設定し、かつ、その都度同不動産をもつてする代物弁済予約を結び、同目録二の(二)の1ないし3のとおり各所有権移転請求権保全仮登記をしたこと、被告が訴外相互銀行から同銀行の有する権利を譲受けたとして昭和三四年五月九日それぞれその旨登記した上同年八月三〇日代物弁済予約完結の意思表示をなし、次で同年九月二日に至り同目録二の(一)の所有権取得本登記を受けたことはそれぞれ当事者間に争いがない。

(二)  しかし、代物弁済予約の完結権を有するものは、それによつて弁済される本来の債権の権利者(債権者)でもあることを必要とするところ、原告は、前示登記簿の記載にも拘らず被告をもつてこの意味の債権譲受人(債権者)ではないと主張する。按ずるに、証人中村剛信の証言と同証言によつて成立を認める乙第二号証並びに弁論の全趣旨を綜合すると、従前の債権者たる訴外相互銀行としては、破産会社に対して有する本来の債権たる金銭債権(根抵当権の被担保債権であり代物弁済され得べき債権でもある)を被告に譲渡した事実はなく、同金銭債権は、昭和三四年四月二三日破産会社の承諾のもとに被告から同相互銀行へ代位弁済され、同弁済によつて直ちに消滅したことが認定できる。甲第一号証の一ないし三の記載中、右金銭債権が被告に譲渡された旨の部分は前掲乙第二号証に照し措信できない。従つて被告は、前記本来の金銭債権(被担保債権)を譲受けたものではなく、もとより代物弁済予約上の権利を譲受けることができないものである。

(三)  もつとも、右のような代位弁済者は、民法第五〇一条の規定から見て、前債権者の有した代物弁済予約上の権利をも行使できると疑えないこともないけれども、右予約上の権利は本来の債権の効力として生じたものではなく、また、たまたま担保類似の作用をすることはあつてもそれ自体が担保そのものではないから、代位弁済によつて直ちに消滅し、同弁済者としては、もはや同予約上の権利を行使することができないと解するのが相当である。(下級審民判集第四巻第一号二七頁)

(四)  従つて被告が、たまたま前記予約上の権利の譲受人である旨登記を受けていてもそれは真実に合致しない登記であるから、被告のなした本件代物弁済予約完結の意思表示は無効である。それで、これを原因としてなされた別紙目録二の(一)の登記につき、その抹消登記手続を求める原告の本訴請求部分は、爾余の判断をするまでもなく正当とせねばならぬ。

(五)  しかし、前示無効につき、その確認を求める本訴請求部分は、本件の場合、未だ必要がないと認めるのを相当とするから、この部分の訴は適法ではない。

五、よつて、無償譲渡と一部弁済を否認して合計二、八六一、四〇四円及びこれに対する前示遅延損害金の支払を求める本訴請求部分及び前示登記の抹消手続を求める請求部分をそれぞれ正当として認容し、代物弁済の無効確認を求める部分の訴を却下すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条但書、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 山田義康)

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